キンカンのブログ

気が向いたら書いています。

ンヲリウェピ島紀行[生態系]

ンヲリウェピ島にきて4日が過ぎた。

もう殆ど自分の内から曜日の感覚というものが抜けきってしまった。会社勤めをしていたときは曜日の感覚が―――あった、ような気がする。いや、どうだったか。しかし金曜日になれば人心地ついたし、月曜日は当たり前のように憂鬱だった。しかしそんなことはいい。ある程度まとまった期間ひとところに留まると、段々と足がそこに根をおろしていく感覚がある。旅人は住人になってしまわないように、敢えて動き回らないといけないのだなと、2泊程度の旅では感ぜられないであろう感覚を、感じている。

と、また今日も安宿をばたばたと飛び出した。湿気を知らない荒れた道に出て、軽やかに歩いた。ここの朝日は昼の陽のようで、歩いていると額にじっとりと汗をかく。が、日本のように湿度がやたら高くないのですぐに乾く。乾いた汗のその痕跡を感じていると、目の前をすっと何かが通った。グモトだ。ネズミのようなビーバーのようなモグラのような見た目で、赤茶色の毛皮を纏った哺乳類だ。テンほどの大きさで、実にすばしっこく動く。なにか咥えている、これは、何かしらの食べ物だろうか。私の知っていることは、こいつに食べ物を取られた際に慌てて追いかける奴は大抵、現地のものではない、ということだけだ。物乞いでさえ、現地人ならばこの生き物に物を取られたら諦めざるを得ない。そのせいか、このグモトはこの地で信奉されている神の最も低俗な手下として見られている。そういう言い伝えがある、らしい。チップを多めに渡したおじいさんが酒好きそうな赤ら顔で語ってくれた。あと、グモトは雑食で何でも食べる、とも。毒グモも食べるらしい。

他にも特有の動物がいる。チュラファだ。草食動物なのだが、灰白色のシカといった感じの風体で、大きさもだいたいそれくらいで、これでなかなか神々しさがある。うじゃうじゃと群れていなければ、の話だが。こちらからちょっかいを出さなければ頭突きされることもない。調子に乗った旅人は特に注意してほしい。チュラファの頭突きは、かなり腰に応えるから。あと、こいつはこれまたこの地にしか生えていないらしい樹の葉を好んで食む。この葉はフニャフニャとしており、クチクラ層はそれほど厚くないと見えるが、葉自体はなかなか厚い。バジルのような光沢を持っており、指で挟んでぐっと押すとシルクを触っているような感覚を覚える。香りは独特で、柑橘系のような、エスニックっぽいような…なかなか表現に困る香りがする。食欲増進効果があるとかで、食堂に行って肉料理を頼むと添えられていたりする。名前は何だっただろうか。現地の言葉では「香る」「草」だとか安直な名前だったように思う。あと、この草食動物は白濁した青紫色の茎をもつ草もよくむっしむっしと食べていたりするのだが、これは染料によく使われる草らしい。茎の内部に濃い青紫色の色素を持っており、水に沈めて絞ると、なんというか。深い意志というか、歴史と思想を湛えたような青紫色の色水ができる。先日この色水を作るところを偶々見かけたのだが、その色の神秘的で意味深な美しさにすっかり魅了されてしまった。日本の伝統的な藍染めとはまた違う、異国情緒を感じられる色合いでありながらこっくりと落ち着く色合いは見た途端に息を呑んでしまった。なぜか心の底から本当に落ち着く。青紫色の色水は釜に入れても味わい深い。実に淡いのだが何処までも濃く、夜の海のように、光を当てれば表面では従順にすっきりと透けているが、その最奥では確かに照らしきれない青黒さがとぐろを巻いている。また、これで染めた服は夜空のようで、荒く編んだ麻の地の間からのぞく陽光が星の光のように見えて、いたく感動してしまった。その時は染師のおじいさんの顔さえも少しく精悍に見えた。その感動冷めやらぬ間にそのいろで染め抜いた服二着と、タオルを三本買ってしまった。片方は家内に。その服は使うほどにその色が自分に馴染んでいくようで、買ったあとでも何度か思い出して「買ってよかったな。」と思っている。

―――どうも熱く語りすぎてしまったな。なんだったかな、そう。その樹は葉っぱがほとんど無く茎ばかりのようで、その茎は白い毛羽に覆われている。茎の先には年中蕾のような物がついている。綺麗な草だ。大体腰丈ほどに成長する。

ひとつのことを長く語りすぎてしまったので今日の日記はここらで終わる。明日は遺跡なんかに行って見ようと思う。晴れてくれればよいのだが。