キンカンのブログ

気が向いたら書いています。

ンヲリウェピ島紀行[バザール]

車で2時間半。

飛行機で3時間。

船で3時間。

私は今、ンヲリウェピ島にいる。人生で初めての旅らしい旅だ。

イヲリウェピ島の気候は、大まかに言ってインドに似ている(もちろんインドとひと括りに言っても、東西南北で大きく気候は変わってくるのだが)。季節としては、雨季と乾季と暑季があり、大体11月〜2月頃が暑くもなく雨も少ないため、訪れるベストシーズンとなる。島の大きさはツバルの2〜3倍だろうか。幼児がペンキで塗ったような青い空とエメラルドグリーンの海が美しい。もちろん陸にも魅力はたくさんある。まず独特の生態系と植生だ。まず日本では見られず、そこらの図鑑には載ってすらいないような植物が山ほどある。この島は運良くヨーロッパの帝国主義の魔の手から逃れ、脈々と続く文化が手つかずで残っている稀有な場所だ。運良くといったが、この付近には独特の潮流があるらしく、普通に進んでもたどり着くことは困難なのだが。ありがたいことに現代ではハイパワーの船舶があるので辿り着けたし、こうして私は旅に来て3日ほど滞在している。外界から断絶された島で育まれた宗教・食文化・建造物その全てが今は、ただひたすらに楽しみだ。しかし悲しいかな、手つかずであった年代が長かっただけに発展も大幅に遅れ、見どころだらけのこの島ならば必ずドル箱になるであろう観光業も、まだまだ発展途上であり、第一次産業に従事する人口が島の人口の約80%を占めているのが現状だ。しかしながら常時開催されている、俗に言うバザールは実に活気に溢れている。出来損ないの、それでいて底抜けに明るい色合いのテントのような店舗がひしめきあっている。あまりの迫力に、すこしづつ膨張しているようだ。

____と、ここまでつらつらと近日の記憶を脳裏に諳んじていたが、ここで、もういてもたってもいられなくなった。黄ばんだベッドから身を起こし、汚れたシャツを羽織って安宿の外に出た。私はまた、あの喧騒に揉まれて、わけがわからなくなりたいのだ。明るくて、楽しい。あの場所はただひたすらにそれがあった。まるで恋人の家にでも行くかのように、一心不乱に歩き続けた。五十にもなってこれほど日の下を元気に歩けるなどとは思っても見なかった。事実、旅を始めたばかりの頃は本当に歩けなかった。自分の体力の衰えというものに頭を強く殴られた気さえして、静かに絶望したりもしたが、まったく人間の慣れというのは恐ろしい。3日ほどで慣れてしまった。肌もすっかり黒くなった。そのせいで、現地の人と間違えられることもあったが。

―――などと考えていると、お目当てのバザールについた。強い日差しを遮るために薄い木材かベニヤ板、厚手の布などが屋根代わりとなっている。まず目につくのは色とりどりの野菜や果物だ。強い日差しに当てられて、もれなく本来の色の輪郭を残して橙黄色に染まっている。ごろごろと木箱に入っていたり、地面に直で置かれていたり色々だが、目立つもので言えば、やはりスネークサキュレントだろうか。現地ではラュリと呼ばれている。スネークと名がつくだけあって、蛇ような形で、太めの木の枝のような外皮を持っている果物だ。樹木に斜めにに巻き付いた状態で生るので、ほとんど太い蔓のように見える。その外皮の中には、アロエのようなギラギラした無色透明の見た目で、ライチのような食感と香りの実が入っている。外皮はほぼ枯れ木のようでとても食べれない上、実も外皮に近づくほど渋みが強くなるので皮は大胆に剥くのがいい。端を折るか切るかして、そこからバナナのように皮を下に引っ張るととぱきぱきと剥げていく。甘みが薄くて腹にはたまらないが、実に清々しく高らかに甘い香りがして水分補給になる。これが20本ほどがビニール紐でまとめられて300グチュラほどでよく売られている。日本円に直すなら30円くらいだ。まあ至るところで売られている上、結構嵩張るので徒歩のお供にする際には必要な分だけ買った方が良いだろう。水分の重量を侮ると、ひどい目をみることになる。(事実、私はひどい目を旅の初日にみることになった)

他にはなんだろうか。ああ、ルゥユスも珍しいと言える。日本人ならばまず見たことがないだろう。くすんだオレンジ色の下地に黒色の斑点の白味魚なのだが、これを食堂で初めて煮魚として出してもらったときの衝撃はなかなかであった。まず、横っ腹に突起物があるのだ。何と表現すればよいか分からないが、先端が丸くひょうたん状の突起物が左右から出ている。あと目が驚くほど小さい上、横に5つほど並んでいる。まあしかし、それらを除けば見た目は極普通の魚だから、特に抵抗もなく口に運んだ。しかし違和感。なにかおかしい。違和感の正体はすぐに分かった。まったくもって繊維が感じられないのだ。煮魚特有の繊維の感じ、それが口内で徐々にほどける感じ、それが無い。これも言い表すのは難しいが、マッシュドポテトが近い。マッシュドポテトが、食感はそのままに完全に魚の味になったらこんなのになってしまいました、といったところが妥当だろう。もしゃりといった食感とともに煮魚の味が口に押し広げられる不思議な料理だった。こちらは一尾40円ほどで売られている。が、正直に私の感想を言うと舌触りが妙にザラザラしていながら、味はぼんやりとした印象を受けるのであまり口には合わなかった。しかしあたりを見渡すと現地の人たちはよく食べているから、好みが分かれる魚なのかもしれない。

他にも様々な食品から装飾品、家具、日用雑貨、占い道具まで何でもござれのこのバザールは、3日かかってやっとこさ見て回れるほどの大きさだ。今日はここを記憶を辿りながら一日かけて見て回り、またもとの安宿に帰りスネークサキュレントをかじりながら外の夕焼けを見た。刺すような太陽光とバザールの屋台の熱気に当てられて、おでこと顔がほかほかしている。ひんやりとしたベッドの中で、頭が未だほどよい熱を持っている。今日はよく眠れそうだ。