キンカンのブログ

気が向いたら書いています。

2023/1/24

 共通テストが終わり、本番モードの頭は少しづつ二次試験の勉強に向いていく。臨時カリキュラム、通称臨カリといわれる受験を控えた三年生にのみ適用される特殊な時間割がこの時期には適用される。またこの期間には個人によって違う勉強スタイルの尊重のためか、はたまたコロナウイルスの影響か、登校するもしないも自由という自由登校期間となる。今日もまた通常時の半数ほどの人数がまばらに教室を埋めている景色を視界の端に留めつつ数学の演習を積むことになる。

 私は二次試験を「前期」「中期」「後期」どれも受けることにしている。私立を全く受けない分を補填しているつもりだ。

 この臨時カリキュラムは授業の最小単位が二時間となっており、つまり化学があるなら一時限目と二時限目にまたがって勉強することになっている(休憩は一時間ごとにあるが)。そのため自習もそのように行う。今日は三四時間目に自分の選択した数学があるためそれまでは自習をした。数学の時間になっても先程と同じように演習をこなすだけだったが。昼食をはさんでまた演習。昼食を食べてすこし経つと比較的眠たくなる時間帯があり、その時間帯を下校に当てたいのですぐに荷物を準備して自転車置き場に向かった。渡り廊下を歩いていると顔にぶつかる風が恐ろしく強い。その上凍るように冷たい。氷塊でぶん殴られているようだった。午後から寒波が押し寄せるという小耳に挟んだ情報の確かさを呪いつつ歩いて行った。前方に視線を投げて驚いた。

やんぬるかな。踏み倒した草のように自転車は皆倒れてしまって、思い思いに重なり合っている。中学校の頃にも似たような経験があった。一つ自転車が倒れればドミノ倒しのように次々と倒れてしまうのだ。ましてことさら風が強い今日、当然といえば当然だった。

 とりあえず自分の自転車を立たせて背負った荷物を自転車の前かごに入れてから、他の自転車も一つずつ少しくお手柔らかに立てていった。そうして立てながら、おそらくもし人が周囲に居ればやらなかっただろうな、と思った。喉の奥からだんだんと恥ずかしくなってきた。別に見ている人がいるわけではないが、指さされて笑われているような恥辱をじわじわと感じる。いつも自分はこうなってしまう。どうしてだろうかと考えてみると、いつも自分はこんなとき、心の中で(迂遠かもしれないが、これがもっとも適当だと考えた表現だ)善行の結果自分に良いことが起こるような結末を描き出してしまうのだ。俗っぽく例えれば、財布を交番に届けたとすれば、その帰りの道々その落とし主が私にその財布の中の幾らかの金額を与える場合が頭によぎる。ここで断っておきたいのは、私はそうしてお金をもらいたいという気持ちが毫もない。たとえもらったとしても、ありがたいような申し訳ないような気持ちになって、いっそ総て募金でもしてしまおうかという気持ちになるのが関の山だ。しかしその「イメージ」はどうしても頭をよぎる。人がまわりにいれば尚の事、その「イメージ」の想定する場合の増加に大きく寄与することになる。こうしたイメージをすることが快いかどうかというと、どうも最初は良い気持ちのような気もする。が、ほとんどその良い気持ちが覚えられないほど一瞬で自己嫌悪がすべて黒く押しつぶしてしまう。そうして善行をしたときの、はっきりとはわからないが「なにか」に貢献できたような喜びとその自己嫌悪が趣味の悪いカクテルとなって悪酔いを起こさせる。どうやら感情のマッチポンプは「消す」のではなく「握りつぶす」に近いようだ。失せさせるよりは圧力をかけてかき混ぜるように…

 畢竟、私は善行が下手なのだ。こうすれば、幾分かたすかるひとがいるんじゃないかと善行をしようとしても、それが「善意から出ていない行動」(利己的で傲慢な偽善的行動)なんじゃないかと自己内省する脳の機能がヒスタミンの過剰分泌のように精神的アレルギー反応を起こす。しかし見てみぬふりができるほど豪胆でもないがため板挟みになりながらもなんとか行動だけは起こす。こんな具合で数年やってきている。まったくもって馬鹿らしいな、と思いながらも次の自転車に手を伸ばすと、一人の男子生徒が歩いてきた。背丈は私と同じかそれよりすこし低く、きれいな癖毛だった。どうやら手伝ってくれるようだ。

「ありがとう」とすこし弾ませた声で言った。内側で勝手に沈んでいた心と、外側の他人とのチューニングをあわせるような気分に途端に必死になって内省的な思考はしばし吹き飛んだ。遠くから見てたのだろうか。

「風すごいな」とつぶやくと、喉の奥で同意するような曖昧な声で応じてくれた。単純に立て直すはやさが二倍になったのですぐ片付いた。しかし最後の自転車を立て直すのだけはそう上手くはいかなかった。立て直そうとしたのだが、どうも絡まっている。片方のカゴとハンドルの間に隣の自転車のペダルが挟まってしまっている。電動自転車はコードがついているためそのコードにも絡まってしまってどうにもしようがない。

 「絡まってるね」

「うん、どうしようか」

ガシャン、と大きな音が聞こえた。視線をそちらに送った。俄に強烈さを増した風が立て直した自転車を倒したのだ。必然、連鎖的に自転車は次々と倒れていく。ガシャン、ガシャガシャガシャ。

「はははっ、あーあ。」

手伝ってもらっているという負い目から、できるだけ明るく応じようと思っていたためか軽く笑ってしまった。

「もう倒しといたほうが良いんかな」さらに加えて、

「そう何回も倒れたらむしろダメだろうし」と言った。

「うん」と、男子生徒。

いくらか倒れたままにしておいて、立て直したものも柱にかませるようにして倒れにくいようにした。それからまた絡まった自転車の対処を始めた。始めは無理だと思っていたが、いろいろやってみた結果なんとか外れそうなことがわかった。挟まったペダル側の自転車は自分が持って、倒れている方の自転車は男子生徒に持ってもらって、ゆっくりだが力強く引き剥がすと、なんとかズズッと抜けた。

「抜けたぁ」

「よかった」

と一言ずつ漏らした。すると気づけば気を使って伏せておいた自転車は一台だけで、

「この一台だけ伏せておくのもなんかな」

と言い訳がましく言って立たせて、同じように柱にかませた。他にも柱にかませていない自転車も倒れにくいように、他の自転車に寄せて置いておいた。少し距離があるが倒れれば当たるくらいの間隔が、一番危ないと思ったからだ。自分の自転車がじゃまになるのでどかしていると、男子生徒が向こうに歩いていく。どうやら私が私の自転車を押しているのを見て帰り支度をしていると思ったのだろうか。少し焦って「ありがとう」と言った。なんだか他人行儀のような気がしたから、「助かった」のほうが良かったかなとふと思った。そっちの方が正直な気がしたから。

帰り道をしばらく行った後で、裸の両手が痛いほど冷たくなっていることに気がついた。普通の冬の日でも手袋無しではいられないのに、寒波の来ている今日忘れるなんてと思った。心のあたたかさというのは、こうも身体的に影響を与えるのかと手袋をつけつつ考えついて、またすこしあたたまるような気持ちがした。